話しただけのものが、おすすめに出てくる
友達と「そういえば新しい電気ケトルほしいな」なんて話しただけなのに、その日の夜、YouTubeやSNSのおすすめに電気ケトルの動画や広告が並んでいて、ゾッとしたことないですか?
検索もしていない。カートに入れてもいない。ただ口に出しただけ。なのに、なぜか先回りで出てくる。「これ、スマホに聞かれてるんじゃ…」と、マイクの設定をあわてて確認したくなる瞬間です。
「たまたま覚えてるだけ」で、本当に片づく?
こういうとき、よく言われる説明があります。「盗聴なんてしていない。当たったときだけ強く記憶に残って、外れた無数のときは忘れているだけだ」と。人間は印象に残った一致を過大評価しがちなわけですが、たしかにそういう面はあります。
でも、それだけだと少し引っかかります。当たりだけ覚えている、という話は「なぜ一致が記憶に残るか」を説明してはいても、「会話とおすすめが実際にそろって起きること自体」があるのかないのか、には答えていません。もし本当に一緒に起きやすいなら、その理由はまだ宙に浮いたままです。ここに、ひとつ不思議が残ります。
一緒に起きることと、片方がもう片方を生むこと
ここで試してみたいのは、こういう見方です。会話とおすすめが「一緒に起きやすい」ことと、会話が「おすすめを生んでいる」ことは、実は別のことなのではないか、と。
前者は、二つの出来事が連動して現れる関係で、統計では相関(ここでは相関係数そのものというより、広く統計的な関連・依存の意味です)と呼ばれます。後者は、片方が原因でもう片方が結果だという関係で、こちらは因果です。盗聴疑惑というのは「会話が原因で、おすすめという結果が出た」という因果の主張になっています。
この二つの区別を、図に矢印を引いて考える見方で解釈できるか、やってみましょう。出来事を丸で書き、「これがこれを引き起こす」という向きを矢印で結ぶ。こうやって原因と結果のつながりを地図にする考え方を、グラフィカルモデルと言います。難しそうな名前ですが、やることは丸と矢印を並べるだけです。
盗聴モデルは、矢印を一本引いて「会話 → おすすめ」と書けます。でも、同じ「一緒に起きる」を説明できる、もう一つの引き方があります。
共通の原因が、両方を動かしている
もう一つの引き方はこうです。会話とおすすめの両方に、こっそり矢印を送っている別の丸を置く。たとえば、最近その手の商品を検索していた、同じ地域で流行っている、季節がら誰もが気にする話題だった、家族が同じ商品を調べていて、同じ通信環境を共有していることが世帯や端末どうしの結びつきを広告側が推定する手がかりになっていた。こうした背景が、会話のきっかけにもなり、同時におすすめの材料にもなっている。
この「両方の親」にあたる丸を、統計では交絡要因と呼びます。共通の原因が二つの出来事を同時に押し上げると、当人たちは直接つながっていなくても、そろって現れます。
同じ形の話は、あちこちにあります。「アイスがよく売れる日は水の事故も増える」というのは有名な例です。アイスが事故を起こすわけではなく、気温という共通の原因が両方を押し上げているだけ。会話とおすすめも、これと同じ疑いが持てるわけです。
おすすめが日ごとに外れても全体では好みに寄っていく仕組みは、相関とは別に「偶然のブレが平均で薄れる」話として扱っています。
式で見ると、三つの図が見分けられない
では、統計的な関連を式で書いてみます。会話をした人のうちおすすめが出た割合が、全体でおすすめが出る割合より高い、というのが「一緒に起きやすい」の中身です。
$$P(\text{おすすめ}=1 \mid \text{会話}=1) > P(\text{おすすめ}=1)$$
左の記号は「会話をしたという条件のもとで、おすすめが出る確率」、右は「会話に関係なく、おすすめが出る確率」です。左が右より大きい、つまり会話をした人のほうがおすすめに出会いやすい。この不等式が成り立っているとき、二つには正の統計的な関連(依存)がある、と読みます。
問題は、この不等式が「会話 → おすすめ」の盗聴モデルでも、「共通の原因 → 会話、共通の原因 → おすすめ」の交絡モデルでも、さらには「広告やおすすめを先に見たことが会話のきっかけになった」という逆向き(おすすめ → 会話)のモデルでも、同じように成り立ち得ることです。観測できるのは、誰が会話して誰におすすめが出たか、という結果の並びだけ。その並びから計算できるのは左辺の確率までで、矢印がどの形だったのかは出てきません。
見分けたいなら、共通の原因のほうを固定して確かめる手が要ります。たとえば「同じように商品を検索していた人たち」だけを取り出して、その中でなお会話とおすすめがつながっているかを見る。もし共通の原因でそろえたとたんにつながりが消えるなら、
$$P(\text{おすすめ}=1 \mid \text{会話}=1,\ C) = P(\text{おすすめ}=1 \mid C)$$
会話とおすすめは共通の原因 $C$ を通じてつながっていた、と読めます。逆に、そろえてもつながりが残るなら、共通原因だけでは説明しきれない可能性が残る。$C$ は共通の原因、たての棒は「その条件のもとで」の意味です。

ただし現実には、思いつく共通の原因をすべて洗い出して固定するのは難しく、どこかに見落とした親の丸が隠れている可能性は残ります。しかも、条件付ける変数の選び方を誤ると、かえって見せかけの関係を作ることもあります。たとえば「会話の後の検索」は、会話からおすすめへ至る途中の変数かもしれず、そこでそろえると効果の一部を消してしまいます。また、「広告が出た人」だけに絞ると、結果によって対象を選ぶことになり、選択バイアスで関係が歪む可能性があります。だから観測データだけでは、盗聴を完全に否定も肯定もできない、という歯がゆさがついて回ります。
同じ「一致だけが記憶に残る」話は、占いが当たって感じる仕組みとも地続きです。
次にゾッとしたら
次に「話しただけのものが出てきた」とゾッとしたとき、いきなり盗聴と決める前に、もう一本の矢印を思い出してみる。この会話とおすすめ、両方の親になっている共通の原因はないか、と。
矢印の向きは、ただ眺めているだけでは決まりません。原因かもしれないものを自分でそろえたり、実験で動かしたりして、初めて見えてくる。日常の「これ、つながってる気がする」の多くは、実はまだ向きが決まっていない相関なのかもしれない、と思うと、身のまわりの偶然を別の因果構造として疑えるようになったりしませんか?
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