マイナスにマイナスを掛けると、プラスになります。学校で規則として覚えた計算ですが、なぜそうなるのかを立ち止まって考える機会は、あまりなかったかもしれません。ここを入口に、複素数の $i$ を「90度回す操作」として捉え直してみます。
マイナス×マイナスは、なぜプラスなのか
教科書ではよく、数直線の上で説明されます。ある数に $-1$ を掛けると、その数は原点を挟んで反対側へ移ります。$3$ は $-3$ に、$-3$ は $3$ に。$-1$ を掛けることは「反転」だ、というわけです。
ここで見方を一つずらしてみます。反転を、原点を中心とした180度の回転として眺めるのです。$3$ が $-3$ に移るのは、数直線をぐるりと半回転させた結果だと考える。すると「$-1$ を2回掛けると元に戻る」という事実は、「180度を2回まわると360度、つまり一周して元の向きに戻る」という話に読み替えられます。負の数の掛け算の規則が、回転の足し算として見えてきました。
こう見えてくると、自然と一つの問いが立ちます。180度まわる掛け算があるなら、その半分、90度だけまわる掛け算はあるのでしょうか。
180度の半分を探すと、平面が生まれる
探しているのは、2回掛けると $-1$ 倍になる数です。1回で90度、それを2回で180度。そういう数があれば、$-1$ 倍の「半分」にあたる操作が手に入ります。
ところが、数直線の上をいくら探しても見つかりません。実数の掛け算は、どれも数直線の上で数を伸ばしたり縮めたり、反転させたりするだけです。角度で言えば、正の数を掛ければ0度、負の数を掛ければ180度。0度か180度しか起こせないのです。90度は、その中間には無い。
無いのではなく、直線の外にいた、と考えるとうまくいきます。$1$ を90度まわした先を思い描いてみます。数直線の上の $1$ から反時計回りに90度。行き先は、数直線の真上です。ここで数の住む場所が、直線から平面へと広がります。この新しい数、$1$ を90度まわした先にいる数を $i$ と名付けます。
$i$ は「90度回す」操作を起こす数なので、2回掛ければ90度と90度で180度、つまり $-1$ 倍になるはずです。式にすると、
$$i \times i = -1$$
学校では $i^2 = -1$ を「そういう数を考える」と天下りに習ったかもしれません。でもこうして辿ると、これは謎の定義ではなく、「90度の回転を2回すると反転になる」という当たり前のことを言い換えただけだと分かります。実数の範囲では $x^2 + 1 = 0$ に解がありませんでしたが、それは解が「直線の上に」無かっただけで、平面には居場所があったわけです。

i を掛け続けると、一周する
$i$ が90度の回転なら、掛け続けるとどうなるか、図で追ってみます。$1$ から始めて $i$ を掛けるたびに、
$$1 \to i \to -1 \to -i \to 1$$
90度ずつ、4回で一周して元に戻ります($i^4 = 1$)。$i$ を掛けることは90度まわすこと、というのが操作として体に入ってきます。
ここで一つ、見方が立ち上がります。$-1$ を掛ければ180度、$i$ を掛ければ90度。掛ける数が、それぞれ固有の回転角を持っている。数が角度を持っている、と言ってもよさそうです。
どんな数も「長さ」と「角度」を持っている
この見方を一般化してみます。平面の上に置かれた数、つまり複素数は、原点からの長さと、向きの角度の2つで言い表せます。角度 $\theta$ の方向へ長さ1だけ進んだ点を考えると、その横方向の位置が $\cos\theta$、縦方向の位置が $\sin\theta$ です。これを使うと、長さ $r$・角度 $\theta$ の複素数は $z = r(\cos\theta + i\sin\theta)$ と書けます。
では、複素数どうしの掛け算はどうなるか。長さ $r_1$・角度 $\theta_1$ の数と、長さ $r_2$・角度 $\theta_2$ の数を掛けると、結果はこうなります。
$$r_1(\cos\theta_1 + i\sin\theta_1) \times r_2(\cos\theta_2 + i\sin\theta_2) = r_1 r_2\{\cos(\theta_1+\theta_2) + i\sin(\theta_1+\theta_2)\}$$
設計図を読むように、内側から読んでみます。左辺は2つの複素数の積です。右辺の長さにあたる部分は $r_1 r_2$、つまり2つの長さの掛け算。角度にあたる部分は $\theta_1 + \theta_2$、つまり2つの角度の足し算です。掛け算は、長さを掛けて、角度を足す。これが複素数の掛け算です。
なぜこの式が成り立つのかは、三角関数の加法定理と同じ中身で、そこを開くのは別の回にします。ここでは規則として受け取って、具体例で図と代数が合うことを確かめます。
$1+i$ を考えます。横に1、縦に1進んだ点なので、原点からの長さは $\sqrt{2}$、角度は45度です。これを2乗すると、規則によれば長さは $\sqrt{2} \times \sqrt{2} = 2$、角度は $45 + 45 = 90$度。長さ2・角度90度の点は、真上に2進んだ点、つまり $2i$ です。実際に代数で計算しても $(1+i)^2 = 1 + 2i + i^2 = 1 + 2i-1 = 2i$ となり、ちゃんと一致します。図の上でも「45度まわして $\sqrt{2}$ 倍」を2回くり返すと「90度・2倍」になっています。

そして最初に見た実数の掛け算は、この規則の特殊な場合だったと分かります。正の数を掛けるのは角度0度で長さだけを変える操作、負の数を掛けるのは角度180度。実数の掛け算は、0度か180度しか起こさない、限られた回転だったわけです。
数と変換が、同じものになる
ここまでの見方を、裏返してみます。
複素数は、平面の上の点、つまり一つの数です。同時に、それは「○倍して○度まわす」という操作でもあります。$2$ は「2倍する操作」、$-1$ は「反転する(180度まわす)操作」、$i$ は「90度まわす操作」。数を掛けることは、変換を合成することだった、と言えます。
もう一段だけ橋を架けておきます。「○度まわす」という操作は、実は $2 \times 2$ の行列でも書けます。そして複素数の掛け算は、その行列の掛け算とちょうど同じ形をしています。AI の記事群で見てきた「行列はデータを変換する装置」という話と、ここは地続きの世界です(行列の中身には、ここでは立ち入りません)。
行列が並んだ計算をどう速く捌くか、という話は以前 GPU の回で扱いました。
掛けているのに、足し算
最後に、式をもう一度見てみます。
掛け算をしたはずなのに、角度のところだけ、足し算になっています。$\theta_1 + \theta_2$。この形には、どこかで見覚えがあります。
指数法則です。$2^3 \times 2^4 = 2^7$。掛け算をすると、肩の上の数は足し算になる。複素数の角度と、指数の肩。掛け算が足し算に化けるという同じ振る舞いが、別々の場所に顔を出しています。これは偶然でしょうか。
次の回で、この2つが実は同じものだと分かります。
マイナスにマイナスを掛けるとプラスになるのは、覚えるべき規則ではなく、180度を2回まわると一周するからでした。数直線の外に一歩出ると、掛け算は「長さを掛けて、角度を足す」操作になる。そして数は、変換でもありました。角度のところだけ足し算になっているのが何なのかは、次の回でひらきます。
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