第1弾では、複素数の掛け算を「長さ」と「角度」に分けて見ました。
そのとき出てきた不思議がありました。 長さはふつうに掛け算なのに、角度だけは足し算になっていたんです。
しかもこれは、指数法則の形にも似ています。 たとえば $2^3 \times 2^4 = 2^7$ は、掛け算しているのに、肩の上では $3+4$ になっています。
複素数の回転でも、指数でも、掛け算の中に足し算が出てくる。 これは偶然なのでしょうか。
前回の話を受けて読むとつながりやすいので、未読なら先にこちらからどうぞ。

角度を、回った距離で測る
ここで、角度の物差しを一つ替えます。
ふだん自分たちは、90度、180度、360度という言い方をします。 これは1周を360等分する、人間が決めた便利な約束です。 間違いではありません。 分度器で測るには、とても扱いやすい物差しです。
ただ、円自身が持っている物差しもあります。 それが、弧の長さです。
半径1の円を考えると、円周は $2\pi$ です。 つまり1周すると、弧の長さは $2\pi$。 半周なら $\pi$、90度なら $\pi/2$ です。
このように、半径1の円では、回った弧の長さそのものを角度として使えます。 この測り方をラジアンと呼びます。

なぜわざわざこの物差しに替えるのか。
理由は、このあと回転を細かく刻むからです。 弧の長さで角度を測っておくと、細かく刻んだ一歩の長さが、そのまま角度の小さな分け前になります。
回転を、細かく刻む
90度を一気に回る代わりに、ほんの少しだけ回す操作を何度も重ねてみます。
角度を $\theta$ とします。 この $\theta$ はラジアン、つまり半径1の円で測った弧の長さです。 これを $n$ 等分すると、一歩ぶんの角度は $\theta/n$ になります。
点 $1$ から出発して、円に沿ってほんの少し進む場面を考えます。 円の上を少しだけ動くなら、その一瞬の進行方向は接線方向です。 点 $1$ にいるとき、接線方向は真上、つまり $i$ の方向です。
だから一歩だけなら、$1$ から $i$ 方向へ $\theta/n$ だけ進む、と近似できます。 それは $1+ \frac{i\theta}{n}$ という数を掛けることに対応します。
ここで大事なのは、この一歩が完全な円弧そのものではないことです。 接線方向にまっすぐ進むので、一歩ごとに円の外へわずかにはみ出します。 刻みが粗いと、そのはみ出しは図にも残ります。

どの点にいても、進む向きはいまの位置に垂直です。 第1弾で見た「$i$ を掛けると90度回る」の、極小版だと思うと読みやすいです。
積み重ねると、e が顔を出す
一歩が $1+ \frac{i\theta}{n}$ を掛けることなら、$n$ 歩ぶんでは同じものを $n$ 回掛けます。 つまり形は $\left(1+ \frac{i\theta}{n} \right)^n$ です。
この形には、見覚えがあります。 複利です。
年利100%を1年に1回だけ付けるなら、元金は2倍になります。 では、利息を $n$ 回に細かく分け、そのたびに複利で付けるとどうなるか。 元金は $\left(1+ \frac{1}{n} \right)^n$ 倍になります。 刻みを細かくしていくと、この値の行き先は $2.718\ldots$ に近づきます。 この数が $e$ です。
実数の世界では、限りなく細かく刻んだ成長の積み重ねを $e^x=\lim_{n\to\infty}\left(1+ \frac{x}{n} \right)^n$ と書けます。 同じ形の肩に $i\theta$ を載せたものを、$e^{i\theta}$ と書く。 これが、ここでの記法の約束です。
$$ e^{i\theta}=\lim_{n\to\infty}\left(1+\frac{i\theta}{n} \right)^n $$
$\lim$ は、$n$ を限りなく大きくしたときの行き先、という意味です。
つまり $e^{i\theta}$ は、角度 $\theta$ ぶんの連続な回転を表しています。 さっき見た接線方向の一歩は円の外へ少しはみ出しました。 でも刻みを限りなく細かくすると、そのはみ出しは消えていきます。 行き先は、ちょうど単位円の上の点になります。
オイラーの公式
では、その行き先は座標で読むとどこでしょうか。
単位円の上で、角度 $\theta$ の位置にある点です。 第1弾で見た通り、その横の座標は $\cos\theta$、縦の座標は $\sin\theta$ です。 複素数として書けば、$\cos\theta+i\sin\theta$ になります。
$$ e^{i\theta}=\cos\theta+i\sin\theta $$
これがオイラーの公式です。
左辺は、細かい掛け算を積み重ねた行き先です。 右辺は、その行き先を座標で読んだものです。
そう見ると、この式は謎の等式ではありません。 連続な回転の積み重ねがどこに着くかを、座標で読んだ報告です。 第1弾で出てきた極形式 $r(\cos\theta+i\sin\theta)$ の、括弧の中身に名前が付いたとも言えます。
掛け算が足し算になる場所
ここで、第1弾の宿題に戻ります。
単位円の上にある二つの回転を考えます。 一つは角度 $\theta_1$ の回転、もう一つは角度 $\theta_2$ の回転です。
第1弾では、複素数を掛けると角度が足し算になると見ました。 いまは、その回転を $e$ の書き方で表せます。
$$ e^{i\theta_1}\times e^{i\theta_2}=e^{i(\theta_1+\theta_2)} $$
これは指数法則そのものです。
掛け算しているのに、肩の上では足し算になる。 第1弾で見た角度の足し算は、指数法則と同じ形をしていたのではなく、指数法則そのものでした。
長さが付いている複素数でも、第1弾で見た通り長さは長さで掛け算され、角度は角度で足し算されます。 違って見えていた二つの規則は、ここで同じ場所に重なります。
回転は、もともと指数の世界の住人だったんです。 角度は、ずっと肩に乗っていました。
半周すると、マイナス1
最後に、角度を $\pi$ にします。 $\pi$ は半周です。
オイラーの公式に入れると、$\cos\pi=-1$、$\sin\pi=0$ なので、$e^{i\pi}=-1$ です。 移項すれば $e^{i\pi}+1=0$ になります。
「最も美しい式」と呼ばれることの多いこの等式も、回転の言葉で読めば、半周まわると反転する、という報告です。 第1弾の最初に見た「$-1$ 倍は180度回転する」という話が、指数の言葉で戻ってきただけです。
掛け算の中で角度だけが足し算だったのは、回転がもともと指数の世界の住人だったからでした。 半周まわれば $-1$。 あの有名な式は、その報告にすぎません。
次の回は、回り続ける点を真横から見ます。 波の話です。
