波は、回る点の影

波は、回る点の影
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回り続ける点を、真横から見る

前回の締めで、回り続ける点を真横から見ます、と予告しました。波の話です、と。今回はそこから始めます。

第2弾で $e^{i\theta}$ は「角度 $\theta$ ぶんの、連続した回転の行き先」でした。$\theta$ を少しずつ増やせば、点は単位円の上をなめらかに回っていきます。ここで $\theta$ が時間とともにどんどん増えていくと考えると、点は円の上を回り続けます。

その回り続ける点を、真横から見たら何が見えるのか。それが今回の問いです。

第2弾を読んでいない方は、先にこちらへ。掛け算が角度の足し算になる、という今回の土台がそこにあります。

回る速さの物差し

角度をはかる物差しを、これまで二つ通ってきました。第1弾では「度」、第2弾では「ラジアン」(円の上で実際に進んだ弧の長さ)です。今回はそこに三つ目、「速さ」の物差しを足します。

1秒あたりに回る弧の長さを $\omega$ と書くことにします。1秒でこれだけの弧を進む、という回転の速さです。すると時刻 $t$ までに回った角度(弧の長さ)は、速さ×時間で $\omega t$。時刻 $t$ における点の位置は $e^{i\omega t}$ と書けます。

これは新しい約束を何も足していません。第2弾で確立した $e^{i\theta}$ の $\theta$ に、$\theta = \omega t$ を入れただけです。$\omega$ が大きいほど、同じ時間で長い弧を進む、つまり速く回る点になります。

真横から見ると、波になる

回っている点に、上からまっすぐ光を当てます。すると点の影が、横軸(実数の数直線)の上に落ちます。「真横から見る」というのは、この向きで眺めるということです。上下の動きは影に映らず、左右の位置だけが影に残ります。

点が円を一周するあいだに、影は数直線の右端と左端のあいだを一度だけ往復します。影の位置を時刻の順に並べていくと、見慣れた波の形になります。

単位円を回る点の影を横軸に落とし、時刻の順に並べると余弦波になる。影の位置が cos ωt。
単位円を回る点の影を横軸に落とし、時刻の順に並べると余弦波になる。影の位置が cos ωt。

時刻 $t$ における影の位置は $\cos\omega t$ です。第1弾で見た「横の座標は $\cos$」の読みを、時間の流れにそのまま延ばしただけです。この横の座標には「実部」という呼び名がついています。

ここで音を思い浮かべると、対応がきれいに揃います。音は空気の振動です。回る速さ $\omega$ が音の高さ、円の半径が音の大きさにあたります。速く回る点ほど高い音になり、大きい円ほど大きい音になる。波の二つの部品(速さと大きさ)が、円の言葉では「回る速さ」と「半径」に置き換わります。

波の名刺

同じ高さ、同じ大きさの音でも、鳴り始めるタイミングがずれていることがあります。波の形はまったく同じで、時間の方向に横へずれているだけ。これを円の言葉に直すと、出発の位置が角度 $\varphi$ だけ先のところから回り始めた、ということになります。

この $\varphi$ が「位相」です。タイミングのずれをはかる物差し、と思ってください。

すると波の三つの部品が、一つの式にすべて収まります。

$$r\, e^{i(\omega t + \varphi)}$$

設計図を内側から読みます。$r$ は半径、つまり振幅(波の大きさ)。$\omega$ は回る速さ、つまり音の高さ。$\varphi$ は出発のタイミング、つまり位相。第1弾で見た「長さと角度」の名刺が、時間の世界では「振幅・速さ・タイミング」の名刺に姿を変えています。

cos の世界でずらすと、ほどける

影の世界、つまり $\cos$ だけを使って「タイミングを $\varphi$ ずらす」を計算すると、どうなるでしょうか。

$$\cos(\omega t + \varphi) = \cos\omega t \cos\varphi-\sin\omega t \sin\varphi$$

ずらしたはずの波が、$\cos$ と $\sin$ の混ざった和にほどけてしまいました。右辺を見ても、「同じ波を $\varphi$ だけ横にずらした」という素直な形はもう見えません。振幅と位相が、$\cos$ 側と $\sin$ 側の部品に散らばってしまっています。

この等式は、第1弾で「開くのはまた別の回に」と預けておいた加法定理の姿です。確かめかたも一つだけ書いておくと、$e^{i(\omega t + \varphi)}$ を第2弾の二つの式(指数法則とオイラーの公式)で二通りに開いて、横の座標を読み比べると、この形が出てきます。ここでは姿を見せるところまでにします。

円の世界では、掛け算1回

同じ「タイミングを $\varphi$ ずらす」を、円運動のまま扱うとどうなるか。

$$e^{i\varphi} \times e^{i\omega t} = e^{i(\omega t + \varphi)}$$

これだけです。ずらすことは、$e^{i\varphi}$ を1回掛けること。しかもこれは第2弾の指数法則(掛け算が角度の足し算になる、あの式)そのもので、新しい定理は一つも増えていません。振幅と位相の構造をそのまま保ったまま円の上で計算して、最後に影を読めば(横の座標を取れば)、観測される実数の波に戻ります。

出発の位置を角度 φ ぶん回すと、同じ振幅・同じ速さのまま波が横にずれる。円の上では、角度 φ ぶん回して重ねるだけ。
出発の位置を角度 φ ぶん回すと、同じ振幅・同じ速さのまま波が横にずれる。円の上では、角度 φ ぶん回して重ねるだけ。

一つだけ応用を見ておきます。半周(180度)ずらすと、$e^{i\pi} = -1$ を掛けることになります。第2弾の締めに出てきた、あの式の再登場です。$-1$ を掛けると波は上下がそっくり逆向きになります。この逆向きの波を元の波に重ねると、山と谷がちょうど打ち消し合って、揺れが消えます。これがノイズキャンセリングの原理です。

第1弾の反転、第2弾の指数法則、そして今回の影。三つがここで一つに束ねられました。

虚数は、波の座標

観測される波は、いつも実数です。影の側です。では、虚数のほうは何をしていたのか。影に映らない縦の側で、点がいまどこまで回っているか、つまりタイミングを運んでいました。

虚数は観測される値ではなく、振幅と位相を一つに束ねて、構造を保ったまま計算するための座標だった、ということになります。

回り続ける点を真横から見ると、波になる。観測されるのはいつも影の側の実数で、虚数は影に映らない側でタイミングを運ぶ座標でした。だから波をずらす計算は、掛け算1回で済みます。そして、どんな複雑な波も、速さの違う回転の重ね合わせでできています。その話は、またいつか。

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